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天野 和彦(あまの かずひこ)元おだがいさまセンター(富岡町生活復興支援センター)長
福島大学うつくしまふくしま未来支援センター 特任准教授にインタビュー

日 時:平成26年4月22日(火)、午後1時〜2時
場 所:ホテルハマツ

1.おだがいさまセンター長として活動することになったきっかけは何ですか?
震災当時県の教育委員会で仕事していましたが、県から指示を受け、東北最大級の避難所であるビッグパレットふくしまの運営責任者を任されることとなりました。当時は2500名の避難者が、人と人がすれ違えないような状態の中で生活していましたので、感染症が心配です。衛生面・風紀の面の整備が急務でした。

命を守るために、避難所の中でさまざまな取り組みをしていきました。名簿作り・体制作り・避難経路図作り。支援活動を行う中で、人は生きがいを無くし、ひとりぼっちになってしまったら、死んでしまうということを強く感じました。こうして、人と人をつなぐためにつくったのがこの富岡町『おだがいさまセンター』です。
避難所から始まり現在の郡山市富田町へ移ってからも、借り上げ住宅、県外へ避難された方、また郡山市の地元の方など、交流の場・生きがいの場として運営しています。

2.郡山市に避難されている富岡町の方々は、毎日の買い物や病院・学校などの普段の生活をどのようにしていますか?
避難先の地元の施設を利用していますし、郡山の学校や三春にある富岡の学校へ通っていて、買い物などは不便なくできていると思います。

3.今後どのようになっていくことが理想でしょうか。
今後仮設住宅に問題が残ると考えられます。取り残される状況にもなり兼ねないでしょう。

大切なのは「想像力」です。想像力を働かせれば、被災者の方々の声・気持ち・行動などが理解できるはずです。被災者と支援者を分けて考えず、働き口を保障できるような体制が理想です。
受け入れ自治体ともっと交流をし、協働していってほしいと思います。

4.今いちばん気にかかることは何ですか?
震災から4年目、『絆の再生』をしなければならないということです。
2011年から毎年課題を掲げてやってきました。震災1年目は「命を守る」のが仕事。2年目は、「生きがいの居場所を作る」こと。畑仕事・工房・教室を開き、身体を動かし交流できる場所作りをしました。3年目は積極的な「情報の提供と発信」。これまでもやってきていた“機関紙の発行”と”おだがいさまFM”ですが、もっと質を上げて、自分たちの言葉で発信していく活動に力をいれました。そして4年目、「孤独死を防ぐ」こと。これまで私は『人はさみしいと死ぬのだ』ということを感じてきました。自治活動を促進して、自立を促し一人ぼっちにしないことです。
実は、この事は被災地だけのことではないのです。日本中どこでも起こり得る事、それを防ぐための交流の場を各地に作る仕組みを作っていかなければならないのです。

5.今後やっていきたい事、現在取り組んでいることなど教えてください。
タブレット端末で被災者の生活状況データを一元管理する、見守りのシステムを開発しました。役場は、役場からの情報を伝えるための意味でタブレットを配っていますが、それとは別に見守りとしてのタブレットを開発。実用化に向けていきたいと思います。
それから、防災教育に力を入れていきたい。今後も広域的で大きな地震がおきるかもしれません。人と人とのつながりのシステムがあれば、その結果防災に繋がっている社会になると思うのです。この震災で学び、考えたこと、大規模避難所の責任者としてやってきた経験を生かして取り組んでいきたいと思っています。

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